
逮捕・勾留された際、取り調べに対して黙秘を貫くことは、被疑者の権利として認められています。
しかし、
- 「20日間の勾留期間中、完全黙秘は可能?」
- 「完全黙秘し続けるのは難しい?」
といった疑問や不安を抱えている方もいるのではないでしょうか。
この記事では、黙秘権の法的根拠から実際の運用まで、20日間の完全黙秘を目指す方や家族が知っておくべき要点を徹底解説していきます。
A. 黙秘権の法的根拠と基本原則
黙秘権とは?
黙秘権は憲法38条1項で保障された重要な権利です。被疑者は自己の意思に反して供述を強要されることはなく、取り調べにおいて完全に黙秘することも可能です。
憲法と刑事訴訟法の規定
「黙秘権」は以下の3つの法律的根拠を持って規定されています。
1. 日本国憲法38条1項:自己に不利益な供述の拒否権
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2. 刑事訴訟法198条2項:捜査機関による黙秘権の告知義務
② 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
3. 刑事訴訟法322条1項:署名押印のない供述調書の証拠能力
第三百二十二条 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。
重要なポイント
署名押印を拒否すれば、供述調書を裁判の証拠として使用できなくなります。
完全黙秘とは?
- 完全黙秘とは、取り調べ中に事件に関する一切の質問に答えず、沈黙を貫くことを指します。
- 供述調書への指印(署名や押印)も拒否することが含まれる場合があります。
B. 20日間完全黙秘は可能?
結論から言えば、20日間の完全黙秘は法律上可能です。しかし、実際には多くの困難が伴います。
- 精神的な負担:
- 長時間の取り調べや繰り返される質問によって、精神的な負担が大きくなります。
- 捜査官から「黙秘していると不利になる」といった心理的圧力を受けることもあります。
- 長期の身柄拘束によるストレス:
- 最大20日間の勾留(逮捕から23日間)もの長期間、黙秘し続けるストレスは大変なものです。
- 身体拘束が長引く可能性:
- 捜査機関は「供述が得られるまで取り調べが必要」と判断し、勾留期間(最長20日間)を延長する場合があります。
- 取り調べの激化:
- 黙秘を続けると、取り調べが厳しくなる可能性があります。
- 誤解されるリスク:
- 黙秘が「反省していない」と受け取られ、不利な情状として扱われることもあります。
- ただし、法律上は罪が重くなることはありません。
- 周囲からの圧力:
- 警察官や検察官から、様々な説得や圧力を受けることがあります。
- 弁護士が同席できない現状:
- 弁護士が取り調べに同席できないため、取調官による誘導が功を奏しやすい状況にあります。
このように完全黙秘には多くの困難が伴います。
完全黙秘の実現のために、現実的にどのような困難が立ちはだかるのか、見ていきましょう。
現実的な壁
- 平均的な勾留期間:15.8日(東京地検令和5年統計)
- 精神的な負担:1日2〜3時間×15日=30〜45時間の取り調べに耐える必要があります。
- 捜査官の心理戦術:
- 以下のように無茶振りをしたり、感情に訴えたりしてきます。
- 「言いたくない理由を言え」
- 「悪いと思っているならちゃんと話すべきではないか」
- 「刑が重くなる」
- 「弁護士の方針が間違っているんじゃないか」
- 「家族と会えない期間が長くなる」
- 「話せば早期釈放」
- 以下のように無茶振りをしたり、感情に訴えたりしてきます。
このように、「完全黙秘」を実現するためには大きな壁が立ちはだかります。
成功率の実態
正式な統計などは出ていませんが、精神的なストレスや取調官の心理的戦術によって、なかなか上手くいかないそうです。
- 完全黙秘成功例:
- 留置場経験者からの話ですと、大麻所持の容疑で逮捕・勾留された人が、完全黙秘をして不起訴を勝ち取ったケースや、組織犯罪の出し子や受け子をした容疑で逮捕された人が、完全黙秘を貫いて不起訴になったケースがあったそうです。
- いずれも、逮捕当初から黙秘をし続け、調書への指印も拒否したそうです(弁解録取や身上調書含む)。
- 失敗例:元暴力団員でも「根を上げた」ケースがあるそうです。
C. 完全黙秘のメリットと戦略的意義
証拠戦略としての有効性
- 不利な証拠を残さない:
- 曖昧な記憶や不正確な発言が供述調書として残ると、後々不利な証拠として利用される可能性があります。
- 黙秘することで、捜査機関に有利な供述を与えるリスクを回避できます。
- 意図しない自白証拠や余罪への波及を排除できる:
- 黙秘を貫くことで、裁判で用いられる証拠類から、自白証拠を除くことが出来ます。
- 話すことで、1つの事件から他の事件へと広がっていくことがあります。余罪を増やさないためにも黙秘は重要です。
- 供述矛盾リスクの回避:
- 供述に矛盾があると、供述自体の信用性が問われてしまいます。
- 取り調べに慣れていないと、話せば話すほど記憶があやふやなところから意図せず供述が変わり、信用されなくなるリスクがあります。
- 黙秘することで、これらのリスクを避けることが出来ます。
- 検察の起訴判断への心理的圧力:
- 被疑者の供述があれば、それに対応する証拠を集めればいいので、検察としては起訴までの道筋を作りやすくなります。
- 黙秘することで、起訴のための資料を一から作らなくてはならず、起訴へのハードルが上がります。
- 結果的に不起訴の可能性が増すケースも多く見られます。不起訴のために黙秘が必要かどうかは弁護士と相談しましょう。
完全黙秘を選ぶ際のポイント
- ケースバイケースで判断
- 黙秘権は重要な権利ですが、すべての場合で有効とは限りません。
- 弁護士と相談し、自分のケースで最適な対応を選びましょう。
- 記憶が曖昧な場合は黙秘がおすすめな場合が多い
- 記憶が不確かな場合、不正確な供述が後々不利になる可能性があります。その際は黙秘権を行使する方が安全となる場合があります。
- 記憶が曖昧なことをしっかりと弁護士に伝えて、その上で黙秘するかどうか判断するようにしましょう。
D. 実践的アドバイス:20日間を乗り切る7つのコツ
- 署名拒否の徹底
- 供述調書への署名・指印を拒否することが最大の防御策となります。
- 署名・指印をしないことで、供述調書を裁判の証拠資料として用いることが出来なくなるからです。
- 逆に、署名・指印してしまうと、不利な供述でも裁判の証拠資料として用いられてしまいます。
- 供述調書への署名・指印を拒否することが最大の防御策となります。
- 弁護士とのロールプレイ
- 取調べシミュレーションで心理的準備をしっかりと行いましょう。
- 取調官は、黙秘の姿勢を変えようと、あらゆる手を使ってきます。弁護士によくある心理誘導テクニックをロールプレイしてもらうことで、黙秘し続けられる可能性が格段に上がります。
- メンタルを維持する
- 留置場での生活でストレスを溜めないことが大切です。
- 読書をしたり、瞑想をしたり、同室のメンバーと話をするなどして、ストレスコントロールするようにしましょう。
- ご家族や知人からは、手紙や写真などの差し入れをすることで、留置場でのストレスを軽減することが出来ます。
- 健康管理を意識する
- 健康を維持することは、メンタルの安定やストレス軽減にもつながります。
- 留置場内でのストレッチや筋トレ、呼吸法を実践するといいでしょう。
- 美味しいものを食べる
- 留置場で提供されるお弁当はお世辞にも美味しいものではありません。自弁を頼んで、少しでも美味しいものを食べることで、ストレス発散になります。
- 取調官(捜査官)の対策
- 捜査官は心理的圧力や誘導尋問などで供述を引き出そうとする場合があります。冷静さを保ち、自分の意思を貫くことが大切です。
E. よくあるQ&A
問い:Q | 答え:A |
---|---|
黙秘すると刑が重くなるのではないか | 量刑に直接の影響はない(証拠状況次第) |
完全に黙秘していたら留置場での扱いが悪くなってしまうのではないか | 黙秘権の行使は正当な権利です。そして「捜査と留置の分離(刑事収容施設法第16条3項)」があり、捜査機関と留置場は完全に分離されています。そのため、黙秘することによる留置場生活での不当な扱いはありません。 |
完全黙秘は違法ではないか | 憲法で保障された権利の正当行使 |
20日間、完全黙秘を目指している最中に弁護士と事件の内容について話せる? バレてしまわない? | 弁護士との接見内容は秘密が守られるようになっています。そのため、弁護士との接見では、事件の内容を含め、どのようなことでも話すことができます。 |
20日間、完全黙秘している最中の調書への指印は? | 黙秘している場合、調書への署名・指印を拒否することができます。 |
20日間の完全黙秘をやめさせて口を割らせるために、刑事や検事がしてくる対策にはどのようなものがある? | 長時間の取り調べを行なったり、「勾留が長くなる」「家族が望んでいない」「刑が重くなる」などの心理的な揺さぶりをかけてくることが考えられます。 |
F. 弁護士の重要な役割
20日間という長い勾留期間中、ずっと完全黙秘を貫くのはとてもストレスがかかります。その中で弁護士の果たす役割は大きなものです。
- 勾留取消請求
- 長期間の勾留は、20日間の完全黙秘を貫く大きな壁となります。
- 証拠隠滅の恐れがないことを立証して、早期釈放を目指すことが大切です。
- 情報提供:
- 取調官が黙秘を破るためにどのようなことをしてくるのか、何に気をつけなくてはいけないのか。それらの情報を事前に提供して心積もりしてもらうことが大切です。
- 取調官から何を言われたかを聞き、それに対して助言し続けることも大切です。
- 精神的な支え
- 20日間、完全黙秘し続けることはかなりのストレスを要します。
- 弁護士は自由に接見できるため、心理的なサポート役として重要です。
👉 詳しくはこちら >> 逮捕後に困らない! 初めての弁護士選びと賢い活用法
G. 失敗例から学ぶ注意点
よくあるミス
- 雑談に乗ってしまう
- 雑談の中から得られた情報を元に、起訴のための証拠作りを行われてしまう可能性があります。
- 完全黙秘の場合は、雑談もしないのが一番効果的です。
- 「事件に関係ない」と油断してしまう
- 取調官はプロですが、被疑者は取り調べに関しては素人です。
- 想定外の一言から、起訴への証拠作りをしてくることがあります。
- 「無駄な会話はない」と思うべきです。
- 調書の署名・指印に応じてしまう
- 調書への署名・指印は避けなくてはなりません。
- 「これくらいの内容なら署名・指印してもいいでしょう」などと言ってきますが、勇気を持って断りましょう。
- 小さな「イエス」が、徐々に大きな「イエス」になる。そんな心理誘導があるからです。
- ただし、取り調べ時間を記録する書類(取調べ状況報告書)だけは署名しても大丈夫です。
- 判別が難しければ、全ての書類に署名・指印しない方がいいです。
重要:「記憶にありません」も供述とみなされる可能性があります。完全黙秘を貫くことで、そのリスクも避けれらます。
H. 家族や知人へのアドバイス
家族や知人が完全黙秘を選択している場合、不安になるかもしれません。以下の方法でサポートしましょう:
1. 弁護士への相談を促す
- 弁護士との連携が完全黙秘成功の鍵となります。早めに弁護士を依頼しましょう。
2. 精神的サポート
- 面会時には励ましの言葉をかけ、不安感を和らげるよう努めましょう。
まとめ:20日間完全黙秘の成否を分ける3要素
- 事前準備:弁護士との綿密な打ち合わせ
- 物理的対策:署名拒否の徹底
- メンタル管理:日々のルーティン確立
完全黙秘は高度な戦略であり、専門家のサポートなしでの成功は極めて困難です。勾留が始まる前の段階から、刑事事件に精通した弁護士との連携が不可欠です。
不安や疑問がある場合は、今すぐ弁護士に相談しましょう。適切なアドバイスが、あなたや家族の未来を守ります。
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